大判例

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京都地方裁判所 昭和49年(ワ)983号 判決

原告

北中一夫

外一名

右両名訴訟代理人

中田順二

被告

山喜建設株式会社

右代表者

川上喜一

右訴訟代理人

田中北郎

主文

被告は原告らに対しそれぞれ六〇〇万円及びこのうちの五五六万円に対する昭和四九年三月三〇日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一は原告らのその一は被告の各負担とする。

本判決中原告勝訴の部分は仮に執行できる。

事実

(双方の求める裁判)

原告ら。

被告は原告らに一一九四万九〇〇〇円づつ及びこれらの金員に対する昭和(以下に於いて略す)四九年三月三〇日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決、仮執行の宣言。

被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする

との判決。

(請求の原因)

一、原告らの長男の北中庸介(当時六才)は四九年三月三〇日午後四時五〇分頃京都市左京区修学院北沮沢町物部勇方前ガレージ入口の門柱と塀の柱の間に渡した鎖で遊んでいたところ、突然門柱が倒れ、頭を打つて下敷となり頭骨を折り同日桑田病院で死亡した。

二、この門柱は四〇年頃竹村菊三郎がブロック塀とともに作つたもので、1.5糎程しか地下に埋めこまれず、基礎コンクリートもなかつたがその両側が約二〇糎のコンクリートで固められ、その西側にブロック塀が作られ門柱はそのブロック塀で支えられていたものであるところ被告が四六年頃右のブロック塀をこわし門柱を独立のものとして残しガレージを作つたもので門柱の高さは約1.6米、二五糎角のブロック製であつた。斯様な状況下では建築を主たる業とする被告は将来事故発生の蓋然性を容易に予見できたから被告は民法七〇九条により本件により生じた損害を賠償する義務がある。

三、その損害は次のとおりである。

(1)  逸失利益 一六五四万八、〇〇〇円

(収入) 四七年度の賃金センサス男子労働者の平均給与を参考とてし四九年度の年収を計算すると約一八〇万円である。

(稼働期間) 一八才から六七才までの四九年

(生活費) 二分の一

(ホフマン係数) 18.387

(2)  慰藉料 六〇〇万円

(3)  葬祭費 二五万円

(4)  墓碑建立費一〇万円

(5)  弁護士費用 一〇〇万円

原告らは当初被告と賠償交渉をしたが難しいので原告らの代理人と相談した。原告らの代理人が被告に書面を出したところ、被告は過失を認め数回交渉したが被告の提示金額が少く訴訟で決めてもらわねば仕方ないということで本訴となつたもので、右金額は本件事故と相当因果関係がある。

四、よつて請求趣旨どおりの金員を求める。

(被告の過失相殺に対する原告の答弁)

東京からたまたま遊びに来ていた七才位の被害者が一見して本件門柱が危険な状態にあつたのを知つていたかは疑問がであり、ここで遊ぶことを禁ずる旨の立札、貼紙はなかつたしその他の処置もとられていなかつた。走る自動車ならそれ自体に危険のあることは七才の子供にも判るが、門柱がそんな危険な状態にあつたとは考えられないので被告の過失相殺の主張は認めがたい。

(被告の答弁、抗弁)

一、原告らの請求原因一と原告らよりその主張のような賠償交渉があつたことは認めるが他は争う。

二、被告は竹村菊三郎が設置した門柱により支えられていたブロック塀を取除いてそこをコンクリート敷としてガレージを作つたものであるが、ブロック塀を支える門柱には基礎から鉄筋を通すことはかかる工事をする者の常識であるから被告はこの鉄筋が通されているものと信じていたもので右工事の際被告が本件門柱を取除いて鉄筋の存在を確かめなかつたとしても被告に過失はない。門柱がブロック塀で支えられているというのは斯種業者の常識に反し端にある門柱によりブロック塀を支える構造をとるべきことは余りにも当然のことである。

ブロック塀がこれと平行な力に強度を増し門柱を支えることは明らかだがブロック塀に垂直な力に対してはブロック塀自体は何の支えにもならないことは明らかである。

ブロック塀に通常加わる力はそれに垂直な力であり、これを支えるのは門柱であり、その門柱に鉄筋を通すべきは斯種業者の常識であるから本件門柱がその構造を備えていると信ずるのは当然であり、かく信ずることに過失はない。

被告が本件門柱がほとんど地下に埋めこまれず基礎コンクリートもなかつたことを知り又は知り得たのであれば被告の過失が問題となり得ようが被告は基礎コンクリートがあるものと信じていたのである。

本件ガレージの東側の庭はガレージのコンクリート敷より三〇糎余り高いコンクリート敷で、本件門柱の東と北の側面はこの庭のコンクリートによりかくされており、本件門柱の基礎がどのようになつているかは庭のコンクリートを壊さない限り知り得ない状態であつた。又門柱の南側面は溝のコンクリートの上に接着していたので被告は溝のコンクリートを壊わさない限り門柱の基礎がどのようになつているか知り得なかつた。従つて被告がガレージ工事の際本件門柱の基礎を確かめ得るのは西側のみであつた。その西側は、庭のコンクリートがガレージのコンクリートの表面より土中に四〇糎程入つているので門柱はこのコンクリートの基礎の上に建つているものとしか考えられない。

門柱には基礎コンクリートをなし、その基礎と門柱の間に鉄筋を通すことが工事業者の常識であるから、本件門柱の下に四〇糎以上のコンクリートがあれば当然基礎がありこの基礎と門柱との間に鉄筋が通されていると考えたのは当然であつて被告には過失がない。

三、本件門柱は事故発生の数ケ月前よりぐらぐら動揺して倒壊の危険が迫つていたことは所有者の物部や付近住民の知悉していたところで、門柱の鎖を利用して遊ぶことが禁じられていたに拘らず、被害者はこれに従わず事故の発生となつたものであるから、被害者のこの過失は五割とみるのが相当である。よつて仮に被告に責任があるとせられる場合は右の過失相殺がなさるべきである。

(証拠)〈略〉

理由

一原告らの請求原因一の事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると被害者は四二年二月二六日生れで事故当時満七才と一ケ月であつたことは認められる。

二〈証拠〉によると

(1)  本件事故現場は物部勇方の前で、四〇年頃物部は竹村菊三郎に注文して別紙図面のように家の前に門柱三本を建てその東側の二本を門としそこから家の入口までの庭(図面A部分)にコンクリートを敷き門以外の周囲三方にブロック塀を作つた。

(2)  右の三本の門柱の中の真中の門柱(ハ)が倒れて本件事故が発生したが、この門柱は別紙図面A部分に敷かれたコンクリートの表面より約三〇糎下に入つていたが、このコンクリートの厚さが約一二糎でそれを除いた約一八糎の部分が地中に入つているに過ぎなかつた。しかしこの門柱は西の方に建てられたブロック塀に接続していたため安定していた。

(3)  この門柱に鉄筋は入つていたがそれも地表付近まで位でそれ以上に深く入れられて門柱を支える役を果しているものではなかつた。

(4)  四六年四月、物部勇は被告に注文して今まで土間であつた別紙図面B部分にコンクリートを敷き門柱(ハ)(ロ)間のブロック塀を徹去しここにガレージを作つた。ここのコンクリートの厚さは表の側溝の高さと同じ程度にしか敷かなかつため本件門柱の北と東の側面は別紙図面A部分のコンクリートの厚さ約一二糎に接着していたが南と西側面は地表から十数糎しか中に入つていなかつたため安定を欠いていた。その上別紙図面の門柱(ハ)(ニ)間に二本の鎖を渡したためその重みもあつて一層不安定であつた。但し物部勇の方では平常この鎖をいつもかけ渡しているわけではなかつた。

(5)  被害者の庸介は事故当時弟や外の二人の子供とともにこの附近で遊んでいて右の二本の鎖を渡しその上で遊んでいたところ門柱が倒れその下敷きとなり脳に挫傷を受けて間もなく死亡した。物部方でこの鎖を渡したのではなく被害者らが渡して遊んでいたものである。

(6)  事故後近所の人の中には本件門柱は事故前既にぐらぐらして危険であつたという人がある。しかし物部方ではこれに気づいて警告をしていた事実はない。

ことの各事実を認めることができ、前記証人の証言の中以上の認定に反する部分は措信しない。

以上の認定事実によると本件門柱は竹村菊三郎が建てたときはこれとブロック塀が接続していたため余り深く地中に埋めてなくても安定を保つていたが、このブロック塀を壊し孤立した門柱としこれに鎖をかけるときは門柱が地中深く埋つているかどうか、しつかりした鉄筋で支えられているかどうかを十分調査し、それにふさわしい工事をなし危険のないように配慮すべきであつたのに、被告はこれを調査せず漫然とこれをそのまま利用したものであり、もしこれが倒壊せばいかなる危険を生ずるかは工事をした被告の方で予見できたことであるのにそれを怠つたものであるから被告の過失は免れず、被告は不法行為者として民法四四条、七〇九条により、生じた損害を賠償すべきものといわねばならない。

尚被害者は当時七才一ケ月で門柱がぐらついていたというものがあること前記のとおりであるから同人にも多少の過失ありしものというのを妨げないが、これがどの程度のぐらつき方であつたか正確な証拠がないので慰藉料の算定に斟酌するに止め、他の損害につき法律上の過失相殺はしない。五割もの過失相殺をせよという被告の主張は採用できない。

三損害

(1)  被害者の逸失利益 八〇〇万円

(死亡時年令) 七才

(一八才までの期間) 一一年

(稼働可能期間) 四九年

(収入) 四八年の賃金センサスによると高校卒男子労働者の平均月収は一〇万一二〇〇円、年間賞与等が三二万七八〇〇円であることが認められるので、その年収一五四万二二〇〇円を以て算定の基準とする。

(養育費と生活費控除) 一八才までの一一年間は月額一万円の養育費を、その後の稼働期間は収入の半額を生活費として控除する。

(中間利息の控除) ライプニッツ方式による。

右のように計算されるが逸失利益の算定は不確定要素が多く、一八才までの養育費控除にも異説が考えられるので、当裁判所はこれらを考え合せ被害者の逸失利益を八〇〇万円と算定する。尚この逸失利益は両親である原告両名が相続したことになる。

(2)  葬祭費と墓碑建立費 三〇万円

(3)  慰藉料 原告一人につき

一五〇万円

(4)  よつて原告一人が受くべき金額は次のとおりとなる。

(5)  弁護士費用原告一人につき三五万円計七〇万円を相当と認め遅延損害金は付さない。

四よつて原告らの本訴請求は原告一人につき六〇〇万円及び弁護士費用を除いた五六五万円に対する本件不法行為の日である四九年三月三〇日より完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度に於て理由があるのでこれを認容し、それ以外の部分を棄却し訴訟費用の負担等に民訴法八九条、九二条本文、一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。 (菊地博)

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